BBB MAGAZINE
CREDIT
-
- ライター
- 執筆
藤原かんいち
-
- 撮影
藤原かんいち
20歳のとき中型二輪免許を取得。今年60歳なのでバイクとの付き合いは40年になる。4度の日本一周、2度の世界一周など、そのほとんどの旅を小さな原付バイクで実現してきた。バイクと旅は僕の世界を広げ、間違いなく人生を豊かにしてくれた。
これまでの旅が実現するまでのストーリーや思い出、実際のバイク旅での出来事、さらに40年間の世の中の変化など。僕の半生とバイク旅を年代と共に振り返りながら、『バイクと旅した40年物語』として語り綴っていきます。
29歳から始まった原付バイク・ホンダのゴリラによる世界一周の旅。11カ月をかけてアフリカ大陸を縦断、11か国を旅した。東アフリカを旅しているとき、湾岸戦争が勃発。その影響はアフリカ大陸にまで及んだ。国境を閉鎖する国も出てきたことから、安全を考えて一時帰国を決めた。次のステージのヨーロッパは婚約者であるヒロコが同行。バイク初心者ヒロコとのふたり旅が始まる。
第12回:ヨーロッパ最北端ノールカップへ
世界一周の途中で日本帰国は想定外だったが、頭を切り替えて、1年振りに家族や友人と共に過ごしたり、おいしい日本食を食べたり、日本時間を満喫した。それでもやはり、世界一周を終えるまで帰国しないつもりだったので、気持ちは宙ぶらりんで落ち着かなかった。世界一周を支えてくれた婚約者のヒロコとは、道がよく治安も安定しているヨーロッパを一緒に旅することを決めていたので、約1か月日本滞在後、湾岸戦争が落ち着いたタイミングを見計らって、フランスのパリへ旅立った。
もちろんヒロコは海外ツーリングは初めて。というかバイクはほぼ初心者で、ツーリング歴もわずか3回。そんなヒロコとバイク旅行ができるのか? 正直なところ不安は大きかったが、ヨーロッパは先進国、どうにかなるだろうと楽観的に捉えていた。パリに到着、安ホテルを確保するとまずはフランスホンダに預けていたゴリラの引き取り。傷だらけのゴリラを見ていると、アフリカの記憶が蘇ってきた。そして、旅ができる喜びが沸き上がってくる。
次はヒロコが乗るバイク探し。ゴリラと一緒に走れそうなバイクはあるだろうか?パリのバイク屋をめぐっているとある一台に眼が止まった。「これいいね」「カラーリングもオシャレだし、これにしよう!」パリで見つけたのは、昔懐かしいHONDA DAX。フランスでは現役で、オシャレなカラーリングのダックス70が店頭に並んでいた。しかし、住所のない外国人旅行者がバイクを買えるのだろうか? まずは僕たちが日本人旅行者で、ここでバイクを購入して旅行をしたいことをスタッフに伝えた。すると何やら購入できそうな雰囲気だ。スタッフが差し出す書類に半信半疑のまま記入。言われるままにお金を払い、言われるままに書類を持ってモービルクラブへ行き、保険に加入。そして最後に、他国でも通用する1年間有効の登録証が発行された。
手続きはとんとん拍子に進み、ヒロコは無事ダックス70のオーナーになった。まずは最大の難関をクリアした。それから荷物が載せられるようにリアキャリアを取り付け、盗難防止のワイヤー錠など必要な物を買い揃えて行った。順調だったがそれでもすべてが整うまで2週間かかった。長くお世話になったホテル。出発の朝には親切なおばあちゃんオーナーがクロワッサンとコーヒーをご馳走してくれた。そして嬉しいことに「半年後、パリに戻ってきたらまたここに来てね」と言ってくれた。いつも笑顔で接してくれたスリランカ人スタッフに別れを告げ、パリの街を後にした。
走りながらバックミラーで後ろを走るヒロコを確認する。荷物が重いのかフラフラしている。大丈夫かな? しばらくはバックミラーを見る時間が長くなりそうだ。大都市パリは巨大で、どこまで行っても交通量が減らない。路肩を30キロで走っているとギリギリのところを大型トラックが追い抜いて行くので、生きた心地がしない。車も気にせず、道のど真ん中を悠々と走っていたアフリカを懐かしく思い出した。また、アフリカに行きたいなぁ~
宿泊地を決めるのはいつも行き当たりばったり。これはアフリカから変わっていない。夕方になるとキャラバンパーク(キャンプ場)探しを始め、適当な場所が見つかるとそこにテントを設営する。キャラバンパークは山や湖、海沿いはもちろん、町の中にもある。設備も整っていて水洗トイレ、ホットシャワーは当たり前、ストアやコインランドリー、プール付き、お酒が飲めるバーがあったり、とにかく充実している。
初夏のフランスは昼間が長く、テントを張ってから夕食作り。食べ終わって、日記を書き始めるころにやっと日が傾いてくる。時計を見ると午後10時近い。日本ではこんな時間まで明るいことはない、日が長いとそれだけでなんだか得したような気分になった。
イギリスに渡ると雨の日が多くなる。気温も6月とは思えないほど低く、吐く息は白く、寒さで手が痛くなるほどだった。テレビの天気予報で、今日の最高気温は4度で最低気温が0度と聞き、体が震えた。確かに緯度は北海道より北にあるが、イギリスがここまで寒いとは思わなかった。
ロンドンで数日を過ごした後、西へ向かった。小さな町で休憩していると、中年男性が声をかけてきた。良かったら家でお茶でもどうか?と言ってくれるので、お言葉に甘えてお邪魔することにした。建築の仕事をしているニューマンさん。自宅で孤児を2人預かっていて、いままで23人の子供を育てきたという。簡単にできることではないだろう。人の世話をすることに生きがいを感じているニューマンさんの人柄の良さは言葉を越えて、伝わって来た。
夜はニューマンが車で、ジョージア王朝時代の町、バースを案内してくれた。古代風呂遺跡や大聖堂、バースを代表する建築ロイヤルクレセントなど、建築家のニューマンさんらしく、その特徴を細かく教えてくれた。そのまま夜は自宅に泊めてもらうことに。さらに翌日は長い道程を一緒に走って、メインルートまで道案内をしてくれた。思いやり溢れる人で、別れるときは感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
その後も雨の日が続いた。フェリーでアイルランドへ渡れば、天気も好転するか?と期待したが、首都ダブリンは重い雨雲に包まれ、どんより沈んでいた。天気が悪いと気持ちも上がらない。ダブリンを出る日、いきなりパンクをした。町の中でのパンクとはついてない。バイクを路肩に移動して修理を始める。しばらくすると前の家の人が外へ出てきて「修理が終わったら家でコーヒーでもいかが?」と声をかけてくれた。そんな人に出会えるとパンクも帳消し幸せな気持ちになる。
アイルランドの中央部を東から西へ横断する。起伏の少ない地形に、羊が放牧された牧草地が延々と続く。数十キロ置きに現れる小さな町で見かける人影はまばらで、どこか寂し気。またキャンピングカーで暮らしている人も多く、イギリスに比べると生活が厳しいように見えた。西海岸に出ると、進路を北へ変える。メインルートを外れると道路標識はアイルランド語(?)だけになり、いきなり迷子になってしまった。近くの人に道を尋ねるが、言葉がわからずさらに迷う。ふたりで地図を見ながらあっちをウロウロ、こっちをウロウロ、迷路に迷い込んだように走り回った。かなり苦労したので、それからはメインルートだけを走るようになった。
アイルランド北部。アイルランドからイギリスへ向かう。ヨーロッパで陸路の国境越えは初めてなので緊張したが、国境は道に料金所のようなボックスがあるだけ、超シンプル。パスポートチェックどころか、バイクから降りることもなく通過してしまった。あまりに簡単すぎるので、走りながらあれが本当に国境だったの? 不安になるほど。面倒で複雑なアフリカの国境越えとは雲泥の差があった。
雨が一週間も続いたことで、ついに風邪をひいてしまった。病気らしい病気はアフリカのマラリア以来だ。のどが痛く、鼻水が止まらない。おまけに寒さでトイレが近くなるし、上から下から散々だ。
再びフェリーに乗りスコットランドへ渡った。左右にそびえ立つ様々な形をした岩山、その間を縫うように延びる道など、スコットランドの景色の素晴らしさに圧倒された。雄大な景色が目の前に現れる度にバイクを止め、景色を眺め、写真に収めた。スコットランドで一番行きたかった場所がネス湖。全長約35キロ、幅約2キロの細長い湖で、むかしネッシーという未確認動物が話題になり、日本でも有名になった。僕たちが訪れたときはネッシーの話題は聞かなくなっていたが、ネッシーがいるかもしれないという思いは消えず。湖畔に立つと、いつの間にかネッシーの姿を探している自分がいた。
イギリス南部。キャンプの朝、羊の声で目を覚ました。メェーメェー...やけに近くから声が聞こえる。おかしいと思いテントのファスナーを開けると、キャンプ場が羊に占領されていた。テントの周りは羊だらけ、まるで牧草地の中にテントを張ったみたいだ。ヒロコも目の前に広がる光景に、目がテンになっている。昨日、テントを張っていた時に「糞がいっぱい落ちているね」と話したことを思い出す。人間と羊が同じ敷地にいるキャンプ場なんて、日本では絶対にあり得ない。僕の小さな常識が崩れて行くのがたまらなく楽しい。世界は広い。そしてやっぱり旅は面白い。
雨と羊の印象が残るイギリス、アイルランドの旅を終えて、再びヨーロッパ大陸へ渡った。まずはヒロコが行きたいと言っていたベルギーのブルージュへ向かう。天井のない美術館と呼ばれるブルージュは運河の街で、中世の美しい街並みが残る街としても知られている。バイクを宿に置き、徒歩で街を散策する。石畳の路地を歩き、中心のマルクト広場へ行くと、まるで童話の世界のような街並みが広がっていた。遠い異国の文化と歴史、旅の時間を心行くまで楽しんだ。
次に訪れたのがオランダ。そこで最初に驚いたのが自転車専用道路。車道とは別に自転車が走るための道が整備されているのだが、自転車専用の標識、信号機、陸橋まであるのだから凄い。まさに自転車王国オランダ。荷物満載の自転車旅行者から、カップル、ファミリー、老人までペダルをこいでいる。駅へ行くと自転車置き場は日本以上にたくさんの自転車で溢れ返っていた。
僕たちが乗っている原付バイクはモペットに分類されるため、自転車道路を走ることができる。実際に走ってみるとこれが実に快適だった。車と接触する心配がなく、安心して走れるのが何より嬉しかった。僕たちはこの自転車専用道が気に入り、ついでにオランダまで大好きになった。
スムーズにドイツに入国したのは良かったのだが、国境にあると思っていた銀行や両替所が一軒もないのは予想外だった。ドイツマルクは一銭も持っていないので、食事どころか、ガソリンも買えない。とりあえず数キロ先の大きな町まで行ってみるが、土曜日なので銀行は休み。困ったどうしよう... 途方に暮れていると、近くで様子を見ていた青年が親切に声をかけてくれた。事情を話すと一緒に色々な方法を考えてくれた、さらに銀行に勤める友人にまで電話をしてくれたが、良い方法は見つからなかった。最後は大きなホテルがあるブレーメンまで走るしかないということになった。一緒になって考えてくれた青年にお礼を言って走り出す。
ブレーメンまでの距離は100キロ以上。少し走るとダックスがガス欠になった。ついに来た。ゴミ箱から空き缶を拾ってくると、ゴリラのガソリンを抜いて缶に入れ、ダックスに補充した。これで何とかブレーメンまで行けるはず。4時間ひたすら走り続ける。ハラペコ、死にそうな状態でブレーメンのホテルに到着した。両替所でトラベラーズチェックを現金化、ようやく現金ドイツマルクをゲット。その足で食べ物を買いに走ったことは、いうまでもないだろう。この時食べたホットドックは本当に美味しかった。
ドイツ北部の小さな町で、初めて日本人のライダーに出会った。道ですれ違う瞬間に顔を見て、お互い日本人であることわかり、バイクを止めた。市原さんは競馬、車&バイクレースが好きで各地で観戦しながらヨーロッパを周っているレースフリーク。電子手帳は各地で開催されるレースの日程がビッシリ詰まっていた。僕の旅とは全然違うスタイル。旅は目的も方法も人それぞれ、決まりはなく全てが自由なのがいい。
これまでのヨーロッパの国境は、ほとんどがフリーパスだったが、デンマーク入国では珍しくパスポートチェックがあった。さらに昼間でもヘッドライト点灯するように告知を受ける。久しぶりに違う国に来たことを実感する。大都市以外、ほとんどキャンプ場に泊まっているのだが、デンマークで初めて満員で宿泊を断られた。ヨーロッパのキャンプ場はどこも大型なのに満員とはビックリだ。確かに7月といえばバカンスシーズン。ゲートからキャンプ場を覗くと、芝生が見えないほどたくさんのキャンピングカーとテントがひしめき合っていた。
そこで紹介されたのが、なんと収納人数3650名のデンマーク最大級のキャンプ場だった。無事テントを張り終え、隣接するビーチへ向かった。ビーチはたくさんの人人人...その人をよく見ると、ほとんどの女性がノーブラ、トップレスではないか。北欧は開放的なのは知っていたが、普通のビーチまでトップレスとは知らなかった。初めてのことに動揺。どうしたらいいんだ、見たいような、見てはいけないような... そこで持っていたサングラスをかけ、冷静を装うことにした。僕のそんな様子を横で見ていたヒロコがニヤニヤ笑っている。
デンマークから8時間の船旅を経て、ノルウェーのオスロ―へ渡った。目指すはヨーロッパ最北端の地、ノールカップだ。オスロを出ると森をひたすら走り続け、北へ向かう。その後峠をいくつか越えると高原のような景色が目の前に広がった。そこには水たまりのような湖があり、遥か向こうには氷河の山々も見える。なんと美しい景色だろう。バイクを止めると、しばらくその場から動けなくなった。
高原を下った先にあったのは、岩肌が剥き出しになった素掘りのトンネルだった。照明も暗く裸電球がポツポツぶら下がっているだけ、まるで洞窟の中を探検しているような不思議な気分になった。さらにトンネルを抜けるとそこにはフィヨルドの世界が待っていた。
フィヨルドとは氷河の浸食作用によって生まれた、細長い入江のことで、全長204km、最深部の水深は1308mもある、世界最大級のソグネフィヨルドが目の前に現れた。フィヨルドは海のはずなのに波ひとつなく、水面は鏡のように静か。その景色に僕の海の概念はガラッと変わった。
スカンジナビア半島の西海岸線は地形が複雑に入り組んでいるため、フィヨルドをフェリーで何度も乗り継ぎながら北上していった。峠を越える度に、カーブを曲がる度に、変化する景色。次の峠を越えたら、どんな風景が待っているんだろう、エンドレスに続く期待感。ワクワクが止まらない。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。
オスロを出て14日目。ついに北極圏(北緯66度33分)へ突入した。季節は夏だというのに上半身は5枚も重ね着をしている。それでも風は切るように冷たく、時に痛みを感じるほどだった。これは体を動かして温めるしかないと思い、運動用のバドミントンセットを買った。昼ごはんの後のパーキングエリアで、キャンプ場でテントを張り終えた後に、時間を見つけてはラケットを振った。かなりムキになっているので、知らない人が見たら、おかしなアジア人がいると思っただろう。しかし、そんなことはお構いなしだった。
ノルウェー北部。キャンプ場を探しながら走っていると、前方にポリスがいて、僕たちに止まれの合図をした。検問をしているとうのでパスポートと免許証を渡したが、ほとんど確認することなく、ゴリラをなめ回すように見ている。初めて見るミニバイクに興味津々の様子。しばらくすると別のポリスがなぜかカメラを持ってきて「写真を撮ってもいいか?」と言い始めた。「いいよ」と承諾するとパチパチ撮り始めた。さらに僕と一緒にポーズを取って写真に納まったり、もう完全に仕事のことは忘れている。のんきなポリスマンと平和な時間を過ごした。
森林限界を超えると草木は姿を消し、険しい岩山の景色になった。ノールカップまで残り20キロ、10キロ、5キロと近づく。長い坂道を登りきると、霧と強風に霞むノールカップが見えてきた。ついにノールカップにきたか...と感傷に浸れないほど、強風が吹き荒れている。風の中をゆっくり進んで行く。岬にある巨大な地球型のモニュメントの前に到着。モニュメントの前にバイクを止めると、ヒロコを肩車、最北端到着を祝う記念写真を撮った。ついにやったぞ。バイクでこれ以上は北へ行くことはできない。ヨーロッパ最北端の地に僕たちは立っている。オスロを出て23日目のことであった。
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