BBB MAGAZINE
CREDIT
-
- ライター
- 執筆
藤原かんいち
-
- 撮影
藤原かんいち
20歳のとき中型二輪免許を取得。今年60歳になるのでバイクとの付き合いは40年になる。4度の日本一周、2度の世界一周など、そのほとんどの旅を小さな原付バイクで実現してきた。バイクと旅は僕の世界を広げ、間違いなく僕の人生を豊かにしてくれた。
これまでの旅が実現するまでのストーリーや思い出、実際のバイク旅での出来事、さらに40年間の世の中の変化など。僕の半生とバイク旅を年代と共に振り返りながら、『バイクと旅した40年物語』として語り綴っていきます。
原付バイクによる世界一周、最初の挑戦のステージとなったサハラ砂漠。砂漠の真ん中で暑さと悪路から熱中症に倒れたが、必死の走りで中継所にたどり着き、九死に一生を得た。肉体以上に精神的に大きなダメージを負った藤原は、意気消沈しながら一台の車に乗り込んだ。
第9回:天国と地獄を行ったり来たり
僕が乗った車の運転手は、運が悪いことに今回が初めてサハラ砂漠を越える初心者だった。それから不安は的中。運転技術が低いのか、それともこれが普通なのかわからないが、車はことごとく砂地にハマり、スタックしまくった。その度に外に出てタイヤ下の砂を手でかき出し、板を挟み、後ろから押す。この作業を一日何回も繰り返す。灼熱地獄、汗だく、砂まみれ... バイクで走った方が楽だったかもしれない。しかし乗せてもらおうと決めたのは自分、ふたりで力を合わせて何とか進んで行った。夜になると猛烈な砂嵐が吹き荒れた。シートに横たわり眠ろうとするが、ドアの隙間からどんどん砂が入ってきて、目から鼻から口まで砂だらけ。なかなか眠れなかった。
亀のような速度で進むこと5日間、ようやくマリ共和国のガオに着いた。ガオ州の州都だというのに、ビルひとつない、見渡す限り土壁の平屋が並ぶ田舎町だった。近代的な町を想像していたのでガッカリする。車からバイクを降ろすと運転手にお礼を言い、代金を渡した。5日間、苦楽を共にした仲、別れるときは少し寂しかった。
翌日、ガオの銀行を探していると子供たちがどんどん集まってきた。銀行の場所を尋ねると、子供たちが案内すると申し出てくれた。何と優しい子供たちだろう。銀行、郵便局、ストアなどを案内してもらった。お礼にコーラを買って一緒に飲んでいると、突然表情が変わり、案内料を請求してきた。こんなことは初めて。案内してくれたのは親切心ではなくお金のためだったのか? 愕然とする。
ひとり当たり1000セファー(約600円)払えというが、そんなお金はない。仕方なく両替をするために銀行へ行くと、すでに閉店時間。銀行の前で子供たちが「どうするんだ!?」「金を払え!」なんだかんだ騒いでいると「おいおい、どうしたんだ?」と大人が集まってきた、子供たちはそれを見てまずいと思ったのか、一目散に逃げて行った。
気分が落ちていた僕はすぐにガオの町を離れた。目指すはニジェールのニアメ。ニジェール川に沿って道が続いている。これまでと違って道の周りに緑の草木が生い茂っている。ここまでずっと砂の世界にいたので、生き返ったような気がした。緑の草木があるというだけで心が安らぐ。人間は自然なしでは生きられないことがわかった。しかし道は相変わらずの悪路。地面から無数の岩が突き出ているため、とても走りにくい。速度も出ないので、ゆっくりと安全に、かつ慎重に進んで行った。
アフリカ3か国目、ニジェールに入国。国は変わったが、右側通行で公用語はフランス語、景色もほとんど変わらなかった。しかし嬉しいことに2日目、ついに道が舗装路になった。穴だらけだが、それでもやっぱり走りやすい。舗装路は偉大だ。ニジェールの首都ニアメ到着。ホテルを探したが、どこも泊まれる値段ではなかった。アフリカは物価が安いと勝手に思っていたが全く違っていた。キャンプ場があることがわかったので行ってみることにする。聞くとパリダカなどで使われている場所だという。着いてみると見た目はただの空地。一応、受付があり、共同トイレと水シャワーもあるらしい。それで十分と思いテントを張った。
テントを張り終え、ニアメ中央郵便局へ行くと日本から封書が局留めで届いていた。ヒロコが差出人の封書を開けると僕が掲載された雑誌記事や近況を綴った手紙が入っていた。遠い異国で読む日本語は特別で、読んでいたら目頭が熱くなってきた。ヒロコありがとう。ニアメにはヨーロッパ系のスーパーマーケットがあり、大抵のものは揃っていた。せっかくなのでトイレットペーパーやミネラルウォーターなどを買っておく。3日目の夜、ニアメは巨大な嵐に包まれた。テントが飛ばされないよう全身で必死に抑え込んだ。砂嵐は1時間以上続いたが、なんとか飛ばされずに朝を迎えることができた。テントを出るとバイク、町もすべて泥だらけになっていた。砂嵐の恐ろしさを知った。ニアメには1週間滞在して体を休めた。さらにこれから向かうベナンとナイジェリアのビザを取得した。
安宿に泊まりながらベナンへ向かう。道沿いにある串焼き屋台を見つけたので立ち寄ってみる。見た目は焼き肉。食べてみると、牛肉だろうか、コリコリ歯ごたえがあっておいしい。それからはこの串焼きが癖になり、串焼き屋台を見つける度にバイクを止めてパクリ。次の国ベナンにも同じように串焼き屋台があった。どうやら西アフリカの定番食らしい。値段はニジェールの半額、食べる量が増えた。
ベナンの田舎町の安宿で自称マネージャーと語る男と親しくなった。外国人の友達が欲しいというので「僕がなってあげるよ!」と言ったら大喜び。写真が欲しいというので、ビザ申請用の証明写真を渡すと、まるでアイドルの生写真を扱うように喜んだ。出発の時には一緒に記念写真。スマホのない時代なので帰国したら写真を送ることを約束した。出発の直前になるとマネージャーが走ってきて、上下スーツで決めた写真をあげると言って僕に差し出した。貴重な写真のはずなのに、彼の気持ちがとても嬉しかった。
ベナンの大都市コトヌーの中心部へ行くと、車が渋滞するほど賑やかだった。鉄筋の建物も多く、ニアメに比べるとかなり近代的だった。銀行で両替をしていると、日本人の女性に声をかけられる。まさかこんなところで日本人と会うとは思わなかった。名前はケケ・ヒロコさん。旦那さんはベナン人で日本との共同事業をしているという。家へ招かれ、泊めてもらえることになった。炊き込みご飯にお吸い物、焼魚など、日本食がずらっとテーブルに並ぶ。久しぶりの日本食だ。串焼きもおいしいが、やっぱり故郷の味はいい。しばらく泊って行ってと言うので、言葉に甘えることにした。
日本へ一時帰国するヒロコさんを見送った後、強烈な腹痛と下痢が襲ってきた。痛すぎて動けない。ケケさんが買ってきてくれた薬を飲むと、1~2日は楽になったが、再び激しい下痢が始まった。もし伝染病だったら? 入院? それとも帰国か? 悪いことばかりが頭に浮かぶ。ケケさんに症状を話すと、心配して知人のドクターに電話をしてくれた。別の薬を飲み始めると、薬が病状に合ったのか、ついに下痢が収まった。同時に体調も良くなったので、出発することにする。しかし、ケケさんがいなかったらどうなっていたのだろう。もしかしたらさらに重病化していたかもしれない。そう考えると本当にありがたかった。
次の国ナイジェリアの国境。女性の係員も多く、事務作業もパソコン、近代的なことに驚く。入国の手続きを終え走り出すと、いきなり大渋滞に捕まった。あちこちでポリスが荷物検査をしている。僕も検査かと思ったら、バイクだからか「行け、行け!」と言われホッとする。
大都市ラゴスに着くと日本大使館を訪ねた。係官が教えてくれた宿泊施設YMCAへ行ってみると、アフリカをバイクツーリング中のオーストラリア人とイギリス人が宿泊していた。同じような苦労をして旅している同志に会えたのが嬉しい。向こうも同じようで、お互いの道程やこれからの計画などを夢中でおしゃべりした。同室には内戦を逃れて来たリベリア人が3人宿泊していた、その中には両親と兄妹を殺されたと語る青年もいた。戦争を体験していない僕だが、彼の表情からその悲しみは少し理解することができた。
ラゴスに着いてから毎日雨、ほとんど宿の中で過ごした。晴れた日に日本大使館へ行くとヒロコが送ってくれた日本食とゴーグルの入った小包が届いていた。飛び上がるほど嬉しい。さらに中央郵便局へ行くと日本の友だちからの手紙が数通届いていた。その後、トラベラーズチェックを現金にするために銀行へ行くが、ことごとく断られた。やっと見つけたと思ったら、パスポートコピーではダメと投げ返された。理由は分かったが、どの銀行員も驚くほど不愛想。日本人の笑顔を懐かしかった。
それでもラゴスを出るとこれまでの国と同じように素朴で親切な人ばかりになった。バイクを止めると人が集まり「名前は?」「どこの国から来たの?」質問攻め。日本に憧れている人もたくさんいた。公用語は英語なのでこれまでに比べると数段コミュニケーションが取りやすかった。またホテルもホットシャワー、エアコンなどの設備が整っている割に値段が安く、食べ物のメニューも豊富。道も舗装されている。これまでの国では一番旅がしやすかった。
その後も毎日のように雨に降られた、半月以上雨具を着続けている。カメルーンに入国すると、道はドロドロの悪路に変わった。さらにホテルも名ばかりで、照明はアルコールランプ、シャワーもバケツに変わった。もちろんエアコンもない。国境ひとつでここまで変わるのは初めての体験だった。
首都ヤウンデ。欧米ツーリストが泊まるキャンプ場&ゲストハウスを見つけてテントを張った。3か国のビザ取得をするため忙しく歩き回っていると、徐々に体調が悪くなってきた。体がだるくて動けず、熱も出てきた。宿の人に話をすると、すぐに車で病院へ連れて行ってくれた。検査の結果、伝染病のマラリアだった。即入院となる。予防薬を飲んでいたので、まさかなるとは思っていなかった。熱帯熱マラリアの場合は24時間以内に治療しなければ重症化、死に至ることもある。不安が押し寄せる。
すぐに点滴が始まった。お尻にも注射を打たれる。日本でおとなしく過ごしていたら、こんなつらい目に遭うこともなかったのに... と落ち込んだ。ここで旅が終わるかもしれない。寒気がして眠れず、朝起きると枕に抜け毛がどっさり落ちてきた。早い治療が良かったのか、少しずつだが体調は良くなった。入院5日目、70パーセントくらいまで回復したので退院を申し出た。点滴の管から血が逆流したり、びしょ濡れのシーツも交換してくれない、対応がひどい病院だったので、キャンプ場でしばらく静養することにした。
キャンプ場で3日ほど過ごすとごはんも食べられるようになった。まだ完全とは言えないが、長く同じ場所にいたくない、体も動くので出発することにした。荷物をまとめ走り出すが、夢の中にいるような感覚が続いていた。一方では再びバイクで走れることが嬉しくて仕方がない。走れば走るほど頭がクリアになって行く。もしかしたら僕にとってバイクが一番の薬かもしれないな。そんなことを考えた。
国道を走っていると車から手を出し、僕を呼ぶ人がいた。「何だろう?」と思いバイクを止めると白人で「ヤウンデの町中で君を見かけたよー!」と明るく笑った。この先の町、エボロワの病院に勤めているから、遊びに来ないか?という。もちろん行きますと応えた。スイス人のシュロモさんはレントゲン技師としてカメルーンに単身赴任中だった。自宅で美味しいコーヒーをご馳走になり、さらに寝室まで提供してくれた。いつも誰かが助けてくれる。本当に自分は運がいい。別れ間際に住所を交換、いつかスイスか日本で再会しようと強く握手を交わした。
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