BBB MAGAZINE
CREDIT
-
- ライター
- 執筆
藤原かんいち
-
- 撮影
藤原かんいち
-
- バイク
モトラ
VOL.02 「ついに踏み出した、はじめの一歩」[夢大陸オーストラリア - 番外編 -]
1987年5月25日。成田空港。
ついにやってきました、この日、この時、この場所へ。
生まれて初めて日本を離れて、これから遠い未知の大陸へと向かうのだ。なんてカッコイイことを言ってるが、内心ドキドキ。まだまだ不安がいっぱいで、今にも胸がバチーンと張り裂けそうだ。
正直なところ英語には全く自信がない。これが一番の不安で考えると足がすくんでしまうが、それでもこれから写真で見たあの地平線の中をバイクで走るのか、と思うとその期待の方が大きかった。これがなかったらきっと不安に押しつぶされて、成田空港にさえ、たどり着けなかっただろう。
ここまで来たら泣いても笑っても行くしかない。北海道の旅から2年間、この時のために全勢力を捧げてきたきたのだ。この先どうなろうと、悔いはなかった。
成田空港には両親、姉、妹など家族の他に、付き合っていた彼女、会社の同僚、高校時代の友達、専門学校の友達など20人近くの人が集まってくれた。恥ずかしいくらい大げさな門出となった。バンザイ三唱こそなかったが、まるで戦場へ向かう兵士の気分だった。
いよいよ搭乗の時間がやって来た。出国ゲートをくぐる前に、見送りに来てくれたみんなにお礼を告げる。僕のためにわざわざ忙しい時間をさいて、こんな遠くまで来てくれた。みんなに対する感謝の気持ちで胸が一杯になった。
ひとりひとりと握手をしていたら止めどなく涙が溢れてきた。出発までの長い道のり、これから始まる旅への不安、ひとつの目的が達成できた感動、居心地の良い場所を離れる寂しさ、いろんな感情がゴチャゴチャに入り交じっていた。
僕は溢れる涙を拭きながら、頭を下げることしかできない。子供のような自分が恥ずかしかった。
「...とんでもないことを始めちゃったみたいだな...」
シドニー国際空港へ降り立ったとき、無意識に出てきた言葉だった。空港の英語表記は何も読めない、何か尋ねたくても周りは外人ばかり(おまえが外人だろ!)。心細くて、不安で、恐ろしくて...まるで迷子の子供だった。ここに来てようやく僕は現実に気づき、自分の器を越えたことを始めてしまったことを知ってしまった。
とにかく日本を出たら最後、頼れる人は誰もいない、ここからは全て自分ひとりでやらなくてはならないのだ。そんなことは出発前から百も承知していたはずなのに、それが実際に自分の身に降りかかってくると、プレッシャーで押しつぶされそうだった。
まずはひとつ大きく深呼吸をして、萎えた自分を奮い立せる。
「おまえはこれから憧れの地平線を走るんじゃないのか!?」
「その程度の人間だったのか!?」
「こんなところでくじけてどうする、これからが本番なんだぞ!」 少しずつ落ち着きを取り戻したところで、とりあえず街へ行くことにする。バス停に止まっていた「centerl station」と書かれたバスの運転手に、シドニーの街へ行くことを確認。料金分のコインを渡して、バスに乗り込んだ。
ビルが建ち並ぶ、街の中心地らしきところへやって来た。日本と同じように次のバス停名前が流れたところで、ブザーを押してドタバタとバスを降りた。
さあ、今度はホテルを探しだ。
手頃なホテルが見つからない。
歩いて探すがなかなか手頃なホテルが見つからない。テントやシュラフを詰め込んだバックが、鉛のように重く肩に食い込む。
1時間ほど歩き回り、ようやく見つけたのがシングル一泊20ドルの「people's hotel」というホテルだった。お世辞にもきれいとは言い難いオンボロホテルだが、贅沢は言っていられない。どうにか泊まれる値段なのでここに決める。レセプションでキーを受取り、部屋に入るとこれまでの疲れがドッと噴き出した。
部屋の広さは四畳半位だろうか、あるのはスカスカのオンボロベットと実用性最優先のクローゼット&ドレッサー。明かりは壁に蛍光灯がポツンとあるだけ。窓がないので昼間だというのに薄暗い。なぜか天井だけはやけに高い。
「これがオーストラリア第一夜の宿か...」
僕には十分。とりあえず、しばらくここに落ち着こう。
「え~っ、さ、さ、さ、三週間もかかるんですかぁ~!?」
「そうですね、最低でもそれくらいかかりますね」
「ゲゲゲッ...」(絶句)
翌日、とんでもないことが分かってしまった。横浜から船便で送ったバイクが、翌々日シドニー港へ入る予定だった。ところが電話を入れた運送会社の話(日本語!)によると、実際にバイクを渡せるのは船が着いてから、三週間後になるだろうというのだ。
これはまいった...。これから三週間の間、シドニーで何をしろというんだ。いきなりの予想外の展開に目の前が真っ暗になった。
とにかく僕の旅はバイクがなくては始まらない。バイクがないということは、釣り竿を持たずに釣りへ行くようなモノなのだ。
「オウ! △☆●×♪▲!」
とりあえずシドニー滞在がこれほど長期になるとは予想もしていなかったので、もう少し安いホテルに移動しよう。そこで空港で入手した「日豪プレス」という日本人向けの新聞で情報を収集。
紙面で2食付き1週間110ドルという格安の宿を見つけたので、準備を整えて到着の5日後に、シドニー郊外の「Aust Village」オーストビレッジへ移動した。
荷物をズルズル引きずりながらオーストビレッジのドアを叩くと、にこやかなオジサンが現れた。僕を見るなり「オウ! △☆●×♪▲!」とわけの分からないことを叫び、手を差し出してきた。手を出すと手の骨を折らんばかりの勢いで握り返してきた。もの凄い握力に思わず後ずさり。随分と手厚い歓迎だなぁ。まあ、とりあえず、いい人そうで良かった...(汗)。
それからオーストビレッジの紹介ビデオを無理矢理見せられ、場面が変わるたびに細かく解説してくれた(もちろん内容は全然わからない)。部屋へ案内されたところで、ようやくここが日本の下宿屋のような存在で、一軒家を何人かでシェアする方式になっていることがわかった。
夕食の時間に食堂へ行ってみると、日本人以外にもアジア系の人も多く、賑やかに食卓を囲んでいた。久しぶりの日本語に話も弾む。同じ家の同居人はワーキングホリデーで来ている大学生の久利くんと西本くん。彼らもこれからオーストラリアをバイクで回ると聞いて嬉しくなり、機関銃のようにしゃべりまくった。
それから数日後
それから数日後、驚いたことがあった。あてもなくシドニーのメインストリートをブラブラ歩いていると
「ウィンズサファリに出られるんですか?」
と日本語で声をかけられたのだ。振りかえると日本人らしき青年が嬉しそうに立っていた。話をするとこれからオーストラリア一周をする津村くんは僕と同じように日本から送ったバイク(それも同じ運送会社だった)を待っているところだった。何という偶然だ。似たもの同士、話が進むに連れてこのまま別れるのが惜しくなり、そのまま津村くんのアパートへ転がり込むことになった。
そこで津村くんの年齢を聞いてビックリ、何と弱冠二十歳だというではないか。若そうだと思ったけど...まさかそんなに若いとは思わなかった、僕より6歳も下じゃないか。その若さでひとり異国へ来て頑張っているんだ、すごいな。つい先日まで小さなことでへこんでいた自分が恥ずかしくなった。
津村くんが通っている英語学校の話題になると、突然彼の口調が熱くなる。
「学校の連中はやることがないからバイクでオーストラリアでも回ろうか、って感じなんですよ。僕が日本からバイクを送ったっていうと、何でそんな面倒臭いことを...ってバカにされるんですから!」
確かにいまのご時世は、僕たちのように「情熱一杯、気合い十分」って方が珍しいかもしれない。それだけに津村くんの悔しさは、僕にもよく分かった。大丈夫、最後に笑うのは僕たちだよ。
その2日後、ホントに笑える日がやってきた。運送会社から明日バイクを渡せるという吉報が届いたのだ。ウッハハハハハハ! この日をどれだけ待ちわびたことか、ウヒヒヒヒヒッ! もう嬉し過ぎて言葉にならない。おお、神様仏様、僕は世界一の幸せ者です。
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