BBB MAGAZINE
CREDIT
-
- ライター
- 執筆
藤原かんいち
-
- 撮影
藤原かんいち
-
- バイク
モトラ
VOL.03 「天国から地獄から天国」[夢大陸オーストラリア - 番外編 -]
運送会社の倉庫。
「おおっ! モトラだ、モトラだ、ヒャホ~ッ!」
僕と父親が作った見覚えのある梱包材の外側がビリビリと剥がされると、懐かしいモトラの鮮やかな黄色が目に飛び込んできた。やっと会えた、嬉しくて世界中の人にキスをしたい気分だ。
「ハッピー、ハッピー、ベリーハッピー!」
倉庫じゅうをピョンピョン飛び跳ねながら、作業員の手を握った。そうか、そうかと作業員も半分呆れ返りながら嬉しそうに頷いた。
心配していたバイク受取の手続きは思ったよりも簡単で、請求の金額を支払い、サインをするだけでOK。拍子抜けするほどだった。
ハンドル、ステップなどを取り付け跨ると、これからコイツと一緒に異国の地を走るんだな...そんな現実味が沸々と湧いてきた。
誇らしげにピカピカのモトラを走らせ、僕の泊まっているオーストビレッジのあるリンドフィールへ向かう。本当の旅はまだスタートもしていないというのに、ゴールを果たした英雄の気分だった。
6月15日。快晴。
ひとつ屋根の下で2週間一緒に過ごした、西本くん、久利くん、それから昨日からビレッジの一員になった林さん。そして津村くんが僕の出発を盛大に見送ってくれた。みんなもこれからオーストラリアを走るというので、きっとどこかでまた会えるだろう。その時までしばしお別れだ。みんなの笑顔に見送られ、想い出がたくさん詰まったオーストビレッジを後にした。
この日、この時、この瞬間を、何回いや何十回、夢見たことだろう。僕の夢は現実のものになった。これからだというのに、すでに喜びで胸が一杯だ。
最初の目的地はオーストラリアの首都「キャンベラ」。距離にして300km強、2日もあれば着けるだろう。
シドニーから31号を30kmほど南下すると道はフリーウェイと呼ばれる高速道路に変わった。しかし、日本とは違って排気量制限はなく、通行料も取られることもない。
ところが実際に走ってみるとこれが死ぬほど怖かった。日本の高速道路を原付が走っている姿を思い浮かべて欲しい。時速100km以上で爆走している車が、チンタラ時速40kmで走っている僕のすぐ横を走り抜けて行くのだ。平常心でいられるはずがない。
10kmほど走ったところで「もう限界...」という感じになり、すごすごとフリーウェイを降りた。
「ギギギッ...ガガガガッ...」
夕刻が迫る頃、突然、引きずるような金属音が響き、タイヤが激しくロックした。
「何だ? 何だ? どうしたんだ?」
一体何が起こったのか、わけが分からず、アタフタとバイクを降り車体を覗き込む。するとそこにはとんでもない光景が広がっていた。何と、リヤブレーキのドラムを止めるボルトが抜け落ち、ブレーキワイヤーがリヤハブに巻き付いていたのだ。さらにブレーキペダルはシャフト部分から大きく折れ曲がり、道路を削っていた。無惨な光景に体が凍り付く。
ここで旅が終わっちゃうの?
出発したばかりだというのに、こんなことがあっていいのか...まさか、ここで旅が終わっちゃうの? ウソだろ。信じられない、その状況に僕は言葉どころか生気さえも失った。
少し時間をおいてから、改めてその状況を確認することにした。
エンジンは問題なし。それから他の部分をひとつひとつ丹念に見て行くと、自分の力でもある程度まで直せそうなことが分かった。とりあえず旅を諦めるほど深いダメージではないことが分かり、ホッとする。
まずは修理の体勢を作るため、バイクを脇道へ移動させる。周りは見渡す限り畑、畑、畑、民家らしき明かりは見当たらなかった。
工具を広げ修理を始める。どうにかタイヤが回るようになったところで、ついに日が暮れてしまった。ライトの電池の残量も少ないので今日はここまでとする。近くにテントを張るスペースがないのでシュラフだけで寝よう。満天の星を見上げながら 「初日からトラブルだなんて、先が思いやられるなぁ...」
と大きく息を吐いた。
ラジオに耳を傾けていると、突如闇の中から一筋の光が現れた。どうやら車のようだ。警戒しながら見ていると20mほど手前でゆっくりと止まった。ま、ま、まさか...マッドマックスみたいな野郎が降りてきたら、どうしよう...。子犬のように震えていると、ヒゲをたっぷり蓄えた中年男がノッシノッシと近づいてきた。
「どうしたんだ、何かトラブルか?」
こ、こ、これはまずい...本物だ...とビビッっていると、 「どうしたんだ、何かトラブルか?」
と心配そうに声をかけてくれた。何だ、いい人じゃん。身振り手振りでバイクが壊れてしまったことを説明すると、バイクと僕の顔を交互に眺め 「家で直してやるから、オレの車に乗せな!」
クールに笑い、車を指さした。英語に自信のない僕はもしかしたら聞き違いではないかと思い、「ユーアハウス?モーターサイクル、リペア、オケー?」
とりあえず僕が知っている単語を並べると、フムフムと頷き。何も心配するな、オレに任せておけ!と胸を叩き、僕の肩をバシバシと叩いた。
これはありがたい。実は悪人だったりして...何てことは考えもせず、喜び勇んでトラックの荷台へ転がり込んだ。
30分ほど揺られ、着いたところは大きな牧場の一軒家らしきところだった。牧場を営んでいるというジェームスさんは、奥さんがひとりに(当たり前だ!)、ハイスクールの男の子を筆頭に子供が4人。順番に紹介してくれたが、僕は英語の名前がどうも苦手で、ひとり覚えたらひとり忘れてしまう、結局ひとりも覚えることができなかった。う~ん、申し訳ないやら、情けないやら。
夕食をご馳走になった後、作業場へ行き修理再開。作業機具が散乱する作業場には、電動工具から万力まで何でも揃っていた。こんな田舎に住んでいたら修理から何まで自分でやらなければ生きて行けないのだろう。
曲がってしまったワイヤーや抜けたボルトも、ジェームスの手にかかると、いとも簡単に直ってしまった。さすがオーストラリア人は逞しい。日本人なら新しいモノを買うか、もしくは専門業者に頼んでしまうだろう。この辺意識が全く違っている。
最後にどうしても直せない部品がひとつだけ残ってしまった。
明日、町のホンダへ行って探してみよう
「これは明日、町のホンダへ行って探してみよう」
「いやぁ~ありがとうございました」
「よし、じゃあ、部屋に戻ってコーヒーでも飲もうか?!」
ということで部屋へ戻り、みんなでテーブルを囲んだ。分からない単語が出てくると持参した英和&和英辞書を通訳にして、お互いの意志を伝えあった。楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。
そこで突然ジェームスが、寛一は○○のようだなと言い出した。○○の意味が分からず首を捻っていると、ブ~ン...と言いながらパチンと自分の腕を叩いた。
「これだよ、これ、ガハハハハハ...」
と辞書を指さして笑った。そのページに目をやると...
「へっ、蚊? おい、おい、蚊かよ!」
そこには何とモスキート(蚊)と書いてあった。蚊って、どういうこと? わけが分からない。う~ん、そうだな、きっと小さなバイクでオーストラリアという巨大な大陸に挑んでいる姿が、そんな風に見えるんだろう? きっとそうだ。都合良く解釈をして、勝手に納得した。
コーヒーカップを傾けながら、もしあの時ジェームスが現れなかったら、今頃僕はどうなっていたのか、考えてみた。
旅の初日だけに完全に落ち込んで、旅を諦めていたかもしれない。そうじゃなくても、声をかけてきたのがおかしなヤツだったら、どうなっていたか分からない...そう考えるとホントに僕は運が良かった。自分ひとりでやってやるといきがっていた僕に、神様が「あまり調子に乗るな」とお灸を据えたのかもしれないな。これからは謙虚に行こう。
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